シニアモーメント
シニアの「瞬間」とは、年を重ねるにつれて誰もが経験するような忘れっぽさの発作を指すことが多いです。しかし、これらの瞬間は、長く生きてきたからこそ得られる洞察や教訓を指すこともあります。私は数週間後に65歳になりますが、脳のシナプスがすべて正常に働いていない瞬間もありましたが、それと同時に年齢だけが明らかにできる人生についてのいくつかの明晰な瞬間もありました。例えば:
1. 物事には時間がかかる
キャリアの構築であれ、結婚であれ、子育てであれ、病気や喪失からの回復であれ、いつも私たちが思っていたよりも時間がかかります。十分に長く生きると、ソロモンの「すべての事には時がある」という観察 (伝道者の書 3:1) を本当に理解し始めます。すべては最終的に巡ってきますが、通常は時間がかかります。年を重ねるにつれて、プロジェクトや人に対してあまりにも早く諦めることはたいてい間違いであると気づきます。
2. 話すよりも話さないほうがよい
これは説教者から聞くとおかしく聞こえるかもしれませんが、私が気づいたのは、霊的に成長しようとする多くの努力は、私が多く話すのではなく、むしろ少なく話すことを伴うということです。再び、ソロモンは教えています、「真に賢い人は言葉を少なくする」(箴言 17:27)。多くの場合、キリストの愛は、不用意に話して人を傷つける危険を冒すよりも、何も言わずに物事を流すことを求めるようです。
3. それはいつも信仰についてです
クリスチャンの人生経験は、単に長く途切れのない信仰の試練です。私はついに「わかった」―神は私にイエスを信じ、毎日すべてのことにおいてイエスに信頼することを望んでおられるのです!年を重ねることで、まず自分自身に頼る習慣が破られ、物事がうまくいかないときや自分で対処できないときに、私は神に頼るようになりました。今、力が衰え、かつてよりも未来が少なくなっていることを見て、私がすべてをできる(と思っていた)ときでさえ、神は私を支える準備ができていたことがわかります...私がしなければならなかったのは、ただ神を信じることだけでした。
私が「高齢期」に入るにあたって最も驚かされるのは、神が人生のあらゆる段階で良いものを備えてくださることです。若くして家庭を持つことはわくわくしますが、孫をしっかり抱きしめることは喜びです。神はその両方を備えてくださり、そのどちらも私たちを賛美と感謝へと導きます。私は今も、決して老いることのない方とひとときを共有できる間、毎日そうして感謝しています。


